2021年3月25日公開
HRテックの登場で、日本の人事の仕事はどう変わるのか?組織人事のプロに聞いてみました。
2019年のHRテック普及元年から1年以上過ぎました。HRテックをもう導入しているよという方もいる一方で、言葉は聞いたことがあるけど、よく分からないと思っている方も多いのでは?
株式会社シード・プランニング調査によれば、2023年度には2,504億円まで市場規模が拡大すると予測しています。
引用元:株式会社シード・プランニング『シード・プランニング、HRテクノロジーの市場規模を算出』
ちなみに、HRテックと同じく今後市場規模が拡大すると予測されている動画広告市場に関する2019年の調査では市場規模が2,592億円に達する見通しという結果でした。これらの調査結果からも、HRテックが国内で普及しつつあると想像できます。
では、実際に普及することで人事の仕事はどうなるの?どう変化するのか?気になりますよね。
ということで、今回は組織人事コンサルタントで、株式会社ヒューマンファースト代表取締役山本社長に、HRテックとの関わり方やこれからの人事の役割などについて根掘り葉掘り伺ってきました。
ー登場人物ー
山本 陽亮(やまもと ようすけ)
株式会社ヒューマンファースト代表取締役
10大商社から7大商社に集約される際、人事部長としてリストラせざるを得ず苦しむ父を物心ついた頃に見て育ったことから、大学卒業後は日本経営グループで組織人事コンサルティング、その後、株式会社リクルートで営業リーダーに従事。リクルートに在籍時には、Panasonic社より個人(毎年倍率200倍以上)・法人表彰の2賞を3年連続受賞し殿堂入り。 また通算でMVPを5回受賞。2011年株式会社ヒューマンファーストを設立し、「採用・定着・戦力化」を通して経営理念・戦略を実現できる組織人事コンサルティング展開し、現在に至る。
えるビー『ヒトとテクノロジーの総合メディア』LB MEDIAの公式キャラクター
LB MEDIAのインタビュー記事に出没。得意技はインタビューの時に、なんで?どうして?とどんどん突っ込むこと。趣味は名言集め。今年の目標はLINEスタンプになること。
HRテックで日本の人事は変わったのか???
えるビー| AIが登場してから、HRテックは一つのトレンドになっていますが、言葉だけが先行して、いまいちピンときません。ちなみにHRテックを導入することで、一体なにが変わるのでしょうか?
山本社長| そうですね。まずは科学的根拠に基づいた採用や人事配置が可能になります。あくまでも一例ですが、採用活動を行う際の採用基準は企業によってバラバラです。ただし、往々にしてその採用基準は、科学的なアプローチというよりも、面接官や人事担当者の経験値によって作られているケースが多いです。
えるビー| なんですと!もしかして、大企業もですか?
山本社長| 企業の規模は関係ないです。大手などある程度採用に資金をかけている企業では、採用時に適性検査を実施していることが多いと思います。
えるビー| あっ、私も受けたことがあります。
山本社長|本来、適性検査は採用の時ではなく、後追いしてデータを取らないと意味がありません。
えるビー| ???
山本社長| つまり、適性検査の結果でAという結果を出した人が、入社後どの職種で、どのように活躍しているか後追いする必要があります。
えるビー| なるほど
山本社長|しかし実際は採用時の適性検査の結果を見て『コミュニケーションが高くて、論理的思考も高い。ストレス耐性も高そうだから、まあ、採用してもいいかな。あとは面接で決めよう』みたいな使われ方しかしていないのが今の現状です。
えるビー| えっ…
山本社長| HRテックの導入が進むことで、経験値ではなく、科学的な視点で採用が可能になると考えています。それ以外にも自社で活躍する人材の傾向や、能力や志向、適正などに合わせた適材適所の配置もできるようになると思います。
えるビー| なるほど。それって、働く側にとってもいいですね。2019年はHRテック普及元年をと言われていますが、そこから約2年(取材日2020年12月)ほど経過しましたが、HRテックが普及したことによる変化って感じられていますか?
山本社長| あくまでも主観ですが、まだ変化を実感できていないですね。
えるビー| なんと…
山本社長| 日本の状況としては、導入の初期の段階で、これからというところです。HRテックを使い倒せている会社もまだまだ少ないです。経営者や人事の方の中には、今まで感覚や経験、勘で採用や人事配置を行っていたけれど、今後は科学的な根拠やデータにもとづいてやる必要があると思っている人が増えている状況ですね。
えるビー| まさに、これからって感じですね。
山本社長| 一部の企業以外は、『HRテックってよく聞くけど、結局、何ができるの?どうやって使えばいいの?』というレベルかなという気がします。
えるビー| そうなんですね…
山本社長| 日本の人事部というポータルサイトを運営している企業の担当者の方にお会いした際に、日本の人事部のサイトで検索されているワードは、『年末調整』『ハラスメント』『働き方改革』この3つのワードだそうです。(2020年12月時点)
えるビー|えっ、『年末調整』は、時期的なものもあるので、わかるのですが…
山本社長| 『ハラスメント』や『働き方改革』は、かなり以前から言われている話ですが、この言葉がいまだに検索上位に上がっているということは、昔の働き方からまだまだ変わっていない企業が多いのではと考えています。
えるビー| まさにHRテックはこれからの分野ですね。だからこそ、早めに導入することで得られる利益は大きそうですね。
HRテックを導入して上手くいっている会社の特徴
えるビー| まだまだHRテックを導入していない企業の方が多いのが日本の現状ですが…一方で、すでに使いこなしている企業もあると思います。ちなみに、HRテックを導入して上手くいっている会社の特徴はありますか?
山本社長| 一言でいうと、変化に強い企業です。
えるビー| 変化に強い企業とは?
山本社長| 変化に強い企業とは、社員が企業に対する信頼度が高い企業です。専門用語でいうと、従業員エンゲージメントが高い企業だと考えています。社員が経営者や企業に対して、愛着を持っていたり、信頼している状態です。
従業員エンゲージメントとは
従業員の企業(雇用主)に対する貢献意欲のこと。企業に対して信頼を寄せ、自主的に行動しようという意欲の度合い。そのため、居心地の良さをさす従業員満足度とは異なる。
※詳しくはこちらの記事を参考にしてください。
えるビー| なるほどー。企業に対する、愛着とか、信頼とかって自然に生まれるのがベストだと思うのですが、信頼って目に見えるものでもないし…
山本社長| そうですね。自然に生まれるのを待つのではなく、社員からの信頼を生み出すための施策が欠かせません。従業員エンゲージメントを高めるための施策を、経営者もしくは人事部が主導的に行う必要があります。
えるビー| ちなみに、従業員エンゲージメントを高めるためには何をしたらいいのでしょうか?
山本社長|目的への共感と自分に対する評価をプラスに受け取れる環境を作ることで、従業員エンゲージメントが高まると言われています。目的への共感とは、社員一人一人が判断を下す時に、企業理念に沿って行っている状態です。そして同時に、肯定的に自分が受け入れられていると感じられる環境を作ることが欠かせません。
えるビー| なるほど。なんとなくこの2つの環境が整えば、自然と会社に対して、貢献しようという気持ちになるとは思うのですが…どうやったらこの理想的な関係を築けるのでしょうか?
山本社長|まずは、人事制度の改革、見直しから行うといいでしょう。
えるビー| 人事部の登場ですね!
山本社長|人事評価の各項目が、企業理念の実現に繋がるものでなければ、社員側は「うちの会社は良いことを言っているけど、あれだよね…」という話になってしまいます。
えるビー| なるほど、人でたとえると口だけの人ってことですね。
山本社長|そうですね。企業理念を綺麗ごとで終わらせないためには、企業理念を実現する行動を評価する人事評価制度を作る必要があります。
えるビー| ふむふむ。
山本社長|企業側は、社員に対してまずは企業理念に繋がる行動をきちんと評価していることを示していくことが大事です。それが本気で企業理念を実現させたいという社員へのメッセージになります。次に、自分の評価をプラスに受け取れるようにする施策として代表的な物が1on1です。基本的なやり方としては、上司と部下の間で週1もしくは月に1回程度定期的に実施します。上司と部下の間で信頼関係を築けるようにして、上司のからの評価に対して、プラスに受け取れる関係性を作っていきます。
えるビー| なるほど!
山本社長| 従業員エンゲージメントが低いのに、いきなり変化を起こそうとするのは難しいです。会社に対して不満を持っている人に対しては、何を伝えても伝わらないし、響かないですよね。
えるビー| たしかに…そうですね。
山本社長| だからこそ、目的への共感と自分に対する評価をプラスに受け取れる環境を作ることが欠かせません。そしてこの2つを実現するための施策をするのが、これからの人事の仕事です。つまり、今までの管理人事ではなく、戦略人事を人事部が担うことになります。だからこそこれからの人事部には経営的感覚が求められます。
戦略人事
1990年代にアメリカのミシガン大学教授デイビッド・ウルリッチ氏によって提唱された、戦略的人的資源管理の略語。事業の目標達成を目的とし、経営戦略に沿った人材マネジメントを行う。
※詳しくはこちらの記事を参考にしてください。
管理人事が通用しない時代の到来
えるビー| これからの時代、人事に求められることが大きく変わっていきそうですね。
山本社長| 現代は働くことが当たり前、部下が上司のいうことを聞くのは当たり前の世界ではありません。だからこそ人事はこれがルールですというように統制マネジメントができなくなっています。
えるビー|たしかに。
山本社長| 人事は採用や育成、そして人事評価などあらゆる場面で、企業の理念を伝えていくことが大事で、一本の筋を通してやっていけるかどうかが人事の腕の見せどころでもあります。時代の変化に伴って、生き残っていくためには組織も変化が必要です。今までの組織なら、管理人事でも通用しましたが、これからは戦略人事でなければ組織は生き残れないように思います。
えるビー| 今までの人事が管理人事なら、これからの人事は戦略人事ということですが、日本で戦略人事を行っている企業はありますか?
山本社長| 私が知っている範囲では、ソフトバンク株式会社や株式会社サイバーエージェントなどが有名です。ちなみに、CHOって聞いたことがありますか?
えるビー| CEOではなく、CHOですか?
山本社長|CHOとは日本語では最高人事責任者と訳します。CHOの役割は、経営戦略を実現できるように人事戦略を行う責任者です。経営者と人事のトップであるCHOは、基本的には同じくらいの立場に立ちます。そのため、すでに戦略的に人事を行っている企業にはCHOを置いているケースが多いです。
えるビー| 管理人事と戦略人事では、人事部の役割が全く違うことは、なんとなく理解できた気がするのですが…
山本社長| 採用を例にとって違いを説明すると、〇〇さんが退職するので、〇〇さんの抜けた穴を埋めるために、採用するのが管理人事。一方で、経営戦略に基づいて、●年までに、目的を達成するために、現状の戦力が足りないなら、「要員配置をどうするか?」「人材を育成をどうするか?」「どの様な計画で何人採用する必要があるか?」といった戦略を立て、実行するのが戦略人事です。
えるビー| なるほど。
山本社長|私自身が『人と組織を最大限に輝かせ、経営戦略を可能にする組織全体の最適化を実現したい』という想いで、大学卒業後ずっと組織人事の仕事をしているからこそ思うのですが、本来人事の役目は、全体最適化を作ることだと考えています。
えるビー| 全体最適化???
山本社長| 多くの企業は、採用は採用、育成は育成、人事評価は人事評価というように、バラバラにやっています。けれど経営理念を実現するために、採用、育成、人事評価は全て繋がっていて、包括的にみていく必要があると考えます。
えるビー|包括的に???
山本社長| 極端な例ですが、今年の新卒採用目標が10人だから、とりあえず10人採用するのではなく、一人一人をみてあげること。その上で自社が大事にしているものと、個人が大事にしているものがマッチしているのか?どうか判断した上で、採用可否を決める必要があると思います。でなければ、採用された側も企業も苦労してしまいますよね。
えるビー| ふむふむ。
山本社長|だからこそ、これからの人事は採用や育成などの各取り組みにおいて、働く社員にとっても良いこと、そして組織全体にとっても良いことかどうかを判断基準として持つことが大事だと考えています。
えるビー| なるほど!聞けば聞くほど戦略人事は、管理人事とは全く別もので、これからの人事に求められる役割は、今までとは大きく違うことは分かったのですが…管理人事をやっていた企業が、いきなり戦略人事をやるのは難しい…無理ですよね。
これからの日本の人事に必要なものとは?
山本社長| そうですね。社内のしがらみもあるので、経営者がいきなり、管理人事から戦略人事に舵を切ろうとしても難しいと思います。社内に突破力のある方がいるならできるかも知れませんが。
えるビー| そうは言っても、これからの時代、企業が生き残っていくためには、管理人事から脱却して、戦略人事を行っていく必要があると思うのですが…戦略人事を行うためには、まず何から始めたらいいですか?
山本社長| 人事部の人たちが、まずは経営者的視点に立てるような機会を作っていくことと同時に、HRテックや戦略人事の知見がある組織人事コンサルタントなどの外部パートナーの力を借りると良いでしょう。
えるビー| なるほど
山本社長|意外に思われるかも知れませんが、HRテックを導入することで、目新しいことが発見できるケースは少ないです。それよりも今まで感覚的にやっていたことに対して、科学的根拠が出てくることの方が多いです。
えるビー| えっ!!そうなんですか?
山本社長| 分析によってこのような科学的根拠が出てきたので、このように変えましょうといっても、社内の人材だけでは難しいでしょう。
えるビー| わかる気がします。
山本社長| このような場面で、組織人事コンサルタントといった外部の力を借りるのが得策だと考えます。人事戦略を行うためのHRテックのツールはたくさんありますが、それらのツールだけでは、分析や計画を立てれても、実行できません。社内だけでは実行できない部分を補うのが、組織人事コンサルタントの役目だと考えています。
えるビー| なるほど!
山本社長| 人事が強い企業や、経営者が人事にコミットしている企業は別ですが、それ以外の企業は社内の力だけではなかなか変われません。組織は保守的なものだからこそ、自分たちからの発信で社内を変えるというのはなかなか難しいです。だからこそ、どの程度頼るかは別として、客観的な立場で、専門性を持って伴走してくれる組織人事コンサルタントなどの外部パートナーの力が欠かせないと思います。
えるビー| HRテックを導入さえすれば、企業は変わると思っていましたがそうは甘くないってことですね。
山本社長| そうですね。繰り返しにはなりますが、HRテックと組織人事に精通した外部パートナーの2つの力によって、組織を思った方向に変えれると考えます。
えるビー| なるほど!HRテックというテクノロジーの力を十分に活かしていくためには、ヒトの力が欠かせないことに改めて気がつきました。本日はありがとうございます。
山本社長とのインタビューを終えて
えるビー| インタビュー前は、人事の仕事って…ちょっと地味で目立たないイメージを持っていました。けれど今回のインタビューでいろいろなお話を聞いて、人事のイメージがガラリと変わりました。きっと、これからHRテックの導入が進むとともに、戦略人事が当たり前になることで、企業とそこで働く人たちが信頼で繋がる。それにより今まで以上に良い関係を築けるようになるはずですね。